大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1405号 判決

原告 上福元タメ

右訴訟代理人弁護士 佐藤正三

同 岡崎源一

被告 養老商事株式会社

右代表者代表取締役 矢満田富勝

被告 柳沢守夫

右被告ら訴訟代理人弁護士 圓山潔

同 高木正也

主文

一  被告養老商事株式会社は原告に対し別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ、昭和四一年七月一日以降右明渡し済みまで一か月金五万円の割合による金員を支払え。

二  原告の被告柳沢守夫に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中原告と被告養老商事株式会社との間に生じた分は同被告の負担とし、被告柳沢守夫との間に生じた分は原告の負担とする。

四  この判決の第一項は、金員の支払を命じた部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文一と同旨。

2  被告柳沢守夫は原告に対し、別紙物件目録記載の建物のうち、二階奥の八畳および二畳の二室を明渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)は原告の所有である。

二  原告は昭和三六年七月一日被告養老商事株式会社(以下被告会社という)に対し本件建物を左の約定で賃貸した。

1  期間 昭和四一年六月三〇日まで

(五年)

2  賃料 一か月五万円

3  賃借人は本件建物を店舗および居宅として通常の用法により使用するものとし、造作、模様替、建増等原状を変更するときは、あらかじめ賃貸人の承諾を受けること。

4  賃借人が右約定に違反したときは、賃貸人はなんらの通知、催告を要せず、本件賃貸借契約を解除することができる。

三  原告は被告会社に対し、本件賃貸借の期間満了の六か月以上前に当る昭和四〇年一二月二五日到達の内容証明郵便をもって、本件賃貸借の更新拒絶の通知をした。右更新拒絶は、次の事実関係からみて、正当事由をそなえるものというべきである。

1  本件賃貸借契約締結当時、原告はすでに夫清と死別し、長男清也(当時一七歳)および三女絹江(当時二三歳)以下四人の女子との六人家族で、従業員一名を使用し、肩書住所に存する木造二階建建物(一階店舗三五・五三平方メートル、二階居宅三五・五三平方メートル)において細々と靴販売店を営んでいたのであり、右長男が成人するまでの五年間に限る趣旨で本件賃貸借をなしたものである。

2  本件賃貸借の期間満了当時には、右建物の二階二室のうち、一室には四女千恵子とその夫が居住し、他の一室には原告、長男清也ら五人が居住し、一階店舗で共同して靴販売業を営むという状況であり、住居として極めて窮屈であるだけでなく、そのままでは生計を維持して行くことも困難であり、長男に別に靴販売のための店舗および住居を持たせるため、本件建物の明渡しを受ける必要に迫られている。

3  他方被告会社は都内各地に「養老の滝」と称する多数の店舗を有して盛大にその営業を行なっており、本件建物を継続して使用する必要は全くない。

4  のみならず、被告会社は後記四のとおり勝手に本件建物の増改築をなし、原告との間の信頼関係を破壊した。

四  被告会社は前記約定に反し原告に無断で次のように本件建物の増改築をなし、原告との間の信頼関係を破壊したので、原告はそれを理由に被告会社に対し、昭和四一年一〇月二三日到達の内容証明郵便により、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

すなわち、被告会社に賃貸した当時における本件建物は、一階四七・九一平方メートル(一四・五一坪)、二階二八・三九平方メートル(八・六〇坪)の木造二階建建物であった(右床面積はいずれも実況による)。ところが、被告会社は原告に無断で、一階については裏側に五・一一平方メートル、二階についても裏側に二四・六三平方メートルにわたり建増しをし、更に東京都建築安全条例第七条をも無視して三階三三・七七平方メートルを増築し、八畳、六畳、物置等を設けた。

五  被告柳沢は本件建物のうち二階奥の八畳および二畳の二室を無権原で占有している。

六  よって、本件賃貸借は前記三の更新拒絶により期間満了とともに終了している(仮にそうでないとしても前記四の契約解除により終了している)ので、原告は被告会社に対し本件建物の明渡しと期間満了の翌日である昭和四一年七月一日から右明渡し済みに至るまで一か月金五万円の割合による賃料相当損害金の支払を求め、被告柳沢に対し本件建物の二階奥の八畳および二畳の二室の明渡しを求める。

第三請求原因に対する被告らの認否および主張

一  請求原因一は認める。

二  同二は、約定3および4の点を除き、認める。右約定は公証人役場に備付の契約書用紙に印刷されていた条項であって、例文にすぎず、効力がない。

本件建物は、被告会社が賃借する前は、訴外明治生命保険相互会社が原告から賃借し、事務所として使用していたものであって、被告会社がその営業とする「もつ焼酒蔵」としてこれを使用するに当っては、右営業に適するよう本件建物を改造する必要があり、そのような改造をすることは、予め原告の承諾するところであった。

三  同三のうち、更新拒絶の通知が到達したことは認めるが、その余は争う。

被告会社は全国に「養老の滝」と称する多数の店舗を有して「もつ焼酒蔵」形式の飲食店を経営している会社であって、その営業方針としては、大衆を顧客とし、大量仕入による低価格大量販売をなすことを特色としている。その営業の性質上顧客の趣味嗜好等の条件から、特定層の顧客が継続反覆して多数来店するのでなければ経営は成り立たず、現在営業中の各店舗はいずれも莫大な資本を投下し、営業利益を生ずるまでには相当な日数を要しているのであって、営業店舗数を減らすことは致命的である。本件建物についても、被告会社は権利金二〇万円、敷金八〇万円のほか、看板用構築物二七万七〇〇〇円、改造費二七一万円余、設備費一六六万円余、共用施設費三万円を支出しており、その営業もようやく軌道に乗って来たものである。従って、被告会社としては本件賃貸借を継続すべき切実な必要性がある。

四  同四のうち、契約解除の意思表示が到達したことは認めるが、その余は争う。

本件建物は、被告会社が賃借した当時、一階四三・七六平方メートル、二階四五・五四平方メートルの各実況床面積を有したほか、原告のいう八畳、六畳の二室を含む三〇・七二平方メートルの三階が存した。被告会社はこれについて、一階裏側に四・二六平方メートル、二階裏側に二・二三平方メートルの建増しをし、三階に二・九七平方メートルの物置を仮設したにすぎない。

被告会社がその営業とする「もつ焼酒蔵」の店舗として本件建物を使用するに当り、右営業に適するよう本件建物を改造する必要があったことは前述のとおりであって、その趣旨において被告会社は本件建物につき広範囲に改造ないし改装を行ない、前記の建増し等もその一部としてなしたものであって、本件建物の主要構造部分にはなんら変更を加えていない。

仮に八畳、六畳を含む三階全部が被告会社の増設したものであったとしても、本件建物の天井は極端に高く、これを客室として利用するには通常の高さに天井を下げる必要があり、その場合屋根裏との間に相当の空間が生じるのでこれを三階とし、被告会社の営業に必要な更衣室等として利用することとしたまでであって、それも仮設のものにすぎず、建物の基本構造に損傷を与えてはいない。

いずれにせよ、被告会社のなした改造ないし改装は、原告の予め承諾した範囲に属し、仮にそうでないとしても、被告会社の営業のため必要であったこと、本件建物の主要構造部分に変更を加えたものではないこと等の点からみて、本件賃貸借における原告との間の信頼関係を破壊するものではないというべきであって、これを理由に本件賃貸借契約を解除することは許されない。

五  同五については、昭和四一年一一月一〇日(原告の仮処分執行の日)当時被告柳沢が原告主張の部分を占有していたことは認めるが、現在は占有していない。

六  造作買取請求

仮に原告の更新拒絶に正当事由があり、これによって本件賃貸借が終了したとすれば、本件建物には被告会社が原告の同意のもとに付加した造作があり、その現存価格は五〇〇万円であるから、借家法第五条により原告に対し右価格をもってその買取を請求する。その代金の支払があるまで、被告会社は本件建物を留置するものである。

第四被告会社の主張(造作買取請求)に対する原告の反論

本件建物内に造作買取請求権の対象となるような造作はないから、被告会社の主張は理由がない。

第五証拠関係≪省略≫

理由

一  原告がその所有する本件建物を昭和三六年七月一日被告会社に対し、期間五年(昭和四一年六月三〇日まで)、賃料一か月五万円の約で賃貸したことは、当事者間に争いがない。

そこで、右賃貸借における本件建物の使用方法、改装等に関する約定の点(請求原因二の3および4)について考えるに、≪証拠省略≫を合わせると、本件建物はもと訴外明治生命保険相互会社が原告から賃借し事務所として使用していたものを、被告会社がその営業とする「もつ焼酒蔵」(大衆飲食店)として使用するため賃借したものであって、本件賃貸借においては、被告会社は本件建物の基本構造に変更を加えない限度で右営業用の店舗として本件建物を使用するのに必要な改装、改造等の工事を行なうことができるが、右の限度を超える工事についてはあらかじめ原告の承諾を受けることを要し、これに違反したときは、原告は催告を要せず、本件賃貸借を解除することができる旨の約定がなされたものと認めるのが相当である。

二  原告が被告会社に対し、本件賃貸借の期間満了の六か月以上前に当る昭和四〇年一二月二五日到達の内容証明郵便をもって、本件賃貸借の更新拒絶の通知をしたことは、当事者間で争いがない。

そこで、右更新拒絶が正当事由をそなえるものであるかどうかについて判断する。

1  ≪証拠省略≫によると、本件賃貸借契約締結当時、夫清とすでに死別していた原告は、長男清也(当時一七才)および三女絹江(当時二三才)以下四人の女子との六人家族で、従業員一人を使用し、肩書住所に存する木造二階建建物(一階店舗三五・五三平方メートル、二階居宅三五・五三平方メートル)において細々と靴販売店を営んでおり、五年後には長男が成人し独立して営業することができるようになるので、その時には本件建物の返還を受けて長男に使用させる積りで契約期間を五年と定めて本件賃貸借をしたものであって、その点を考慮して被告会社からは権利金を受け取らず、賃料も前に昭和三四年一〇月から昭和三六年五月まで明治生命に賃貸していた時の賃料(月額六万円)よりも低額の月額五万円としたこと、その後も右賃料は増額されていないこと、そして、前記更新拒絶の通知ないし契約期間満了の当時においては、前記の原告方建物の二階二室(いずれも六畳)のうち、一室には四女千恵子がその夫とともに居住し、他の一室には原告、長男清也ら四人が居住し、一階店舗で四女夫婦を中心に長男らがこれに協力する形で靴販売業を営むという状況であり、住居として極めて窮屈であるだけでなく、相当の生計を維持することも困難であり、原告としてはそのような状態を打開するため、右店舗の経営は四女夫婦に委ね、長男清也(当時二二才)に独立して本件建物で靴販売業を営ませることを強く希望していることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

2  ≪証拠省略≫によると、被告会社は都内その他各地に「養老の滝」と称する多数の店舗(本件店舗は第三六支店と呼ばれている)を保有して大衆飲食店を経営している会社であるが、多数の顧客を相手に大量仕入による低価格大量販売をなすことを営業方針としている関係上、一店舗でも減少させるときは、当該店舗の収益を失うだけでなく、更に多額の損失を招くこと、被告会社は本件建物を賃借するに当り敷金八〇万円を支払ったほか、従前事務所として使用されていたものを前記の営業用の店舗とするため、看板設置費二七、八万円、改装改造費約二八〇万円、設備費一六〇万円ないし一七〇万円等の費用を支出しており、それらの費用を償却したうえ所期の営業利益を挙げるためには、本件契約期間の五年間の営業をもっては不充分であることが認められる。

3  また、≪証拠省略≫を総合すると、被告会社は本件建物を賃借してこれを前記営業用の店舗として使用するに当り大巾な改装、改造工事を行なったが、右工事において被告会社は、従前一階約四七・九一平方メートル、二階約二八・三九平方メートルの木造二階建であった本件建物に、一階について約五・一一平方メートル、二階について約二四・六三平方メートルの建増しをし、更に従来から設けられていたパラペット(建物を外観上実際より高く見せるため外壁を上に延長したような形式で設けられた工作物)を利用し、従来の二階の切妻式屋根より高い位置に新たに片流れ式屋根を設け、かつ、従来一般の建物より高い位置にあった二階の天井の位置を低くするという方法によって、八畳および六畳の広さの二部屋を有する三階約二九・四七平方メートルを新設したこと、右三階は従業員が寝泊りすることができるように設けられたものであって、相当の高さの天井や押入等も備えており、従来二階の天井裏が物置として使用されていたのとは構造、用途等において全く異なることが認められ(る。)、≪証拠判断省略≫右認定の事実によると、被告会社は本件建物につき前記一で認定した原告の承諾の範囲を超えて、建物の基本構造に変更を加える改造工事を行なったものというべきであって、右行為がその義務に違背し、原告との間の信頼関係を害するものであることは明らかである。

以上1ないし3に認定判示したところを総合考慮すると、原告のなした更新拒絶は正当事由をそなえるものというべきであり、従って本件賃貸借はその時期の満了する昭和四一年六月三〇日限りで終了したものである。

三  被告会社は原告に対し造作の買取を請求し、その代金の支払があるまで本件建物を留置する旨主張するが、造作買取請求にかかる代金債権は当該賃借建物自体につき生じた債権とはいい難いので、被告会社の留置権の主張は採ることができない。

四  次に、原告は被告柳沢が本件建物のうち二階奥八畳および二畳の二室を占有している旨主張するが、右事実を認めるべき証拠はない(原告の仮処分執行当時被告柳沢が右二室を占有していたことは同被告の認めるところであるが、≪証拠省略≫によると右仮処分は被告会社のみを債務者とするものであり、被告柳沢はもはや右二室を占有していないことが認められる)。

五  してみると、その余の点につき判断するまでもなく、被告会社は原告に対し本件建物を明け渡し、本件賃貸借終了後である昭和四一年七月一日以降右明渡済みまで一か月五万円の割合による約定賃料相当額の損害金を支払う義務があり、右義務の履行を求める原告の請求は正当として認容すべきであるが、被告柳沢に対する明渡の請求は失当として棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行宣言は、被告会社に対し明渡しを命ずる部分についてはその性質にかんがみこれを付さず、金銭支払を命ずる部分についてのみ同法一九六条に従いこれを付することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡二郎)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例